大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3060号 判決

原告

菊池正一

右訴訟代理人

松本昌道

被告

大崎運送株式会社

右代表者

大野晴里

右訴訟代理人

田中登

二宮充子

大内猛彦

小野圀子

主文

被告は原告に対し三四万三六〇〇円及びこれに対する昭和四六年四月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、その2/3を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決第一、第三項は仮執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告「被告は原告に対し一二〇万九五二〇円及びこれに対する昭和四六年四月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行宣言

被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二  原告の主張

(請求原因)

一  交通事故の発生

原告は、昭和四四年四月一六日午前七時三〇分頃松戸市根木内二四九番地先国道六号線交差点において自家用普通乗用車(千五な四七八六、原告の事務員三山博運転)の助手席に乗車していたところ、同車に営業用大型貨物自動車(足立一う五九一六、阿部佳弘運転、以下甲車という。)が追突し、原告は同年六月三日まで通院治療を要する鞭打ち症を受けた。(被告主張と日時場所が異なるけれど同じ事故である)

二  責任

被告は運送業を営み、甲車の保有者であつて、自賠法三条により原告が本件事故により被つた後記人損を賠償すべき責任がある。

三  損害

(一) 治療費(被告が負担した分を除く) 三万七五〇〇円

日高第二病院・葛飾区西新小岩四丁目(昭和四四年四月一七日から同年五月二〇日まで)・通院

(二) 交通費(通院分)―タクシー代 三九〇〇円

医療法人清志会山本病院・松戸市小金きよし丘(同年四月一六日から同年六月三日まで)及び前掲日高第二病院

(三) 交通費(通勤等)―タクシー代 一万八一二〇円

事務所・顧問先・自宅相互間

通常は被告車両、バス、電車を利用していたものの、頭痛のためタクシー利用を余儀なくされた。

(四) 弁護士費用 一五万円

原告は、本件訴訟を弁護士松本昌道に委任し、その際着手金五万円を支払い、第一審判決言渡後、訴訟物価格の一割、おおむね一〇万円の報酬を支払うことを約した。

(五) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、松戸市根本に事務所をもち税務会計業を営む税理士であつて、二十余名の職員を擁し、三〇〇件近い顧客の事務を取扱う責任者である。本件事故による傷害の結果すくなくとも三週間の安静を余儀なくされ、本症特有の頭部鈍痛に悩まされて不安と焦燥の日を過ごした。おりしも、三月決算法人の申告時期を控え、事務所としては多忙の時期であり、期限ある業務の故、責任上若干の執務をせざるを得ず、苦痛は倍加した。そして、一応の治療は終えても、なお残存する鈍痛のため労働意欲が減退し、自己研修、各種会合への出席、出張、等は中止せざるを得ず、あるいは、せつかくの新規顧客の話も断つたりした状態が続いたが、医師の勧告で気分転換のため業務の閑散期である同年八月欧洲旅行をすることにより漸く全治した。

このように、多数人が組織的有機的に業務を遂行している場合、責任者の不在が直ちに具体的な収入減とならないにしても、相当期間継続すれば、事務所内は混乱し、事務の渋滞、顧客の信頼喪失を招いて経済的損害となる。これら事実は、慰藉料算定上考慮されるべきである。また、本件事故が甲車の一方的過失によること、被告の謝意表明態度が誠実さに欠けるところなしとしないことを併せ考えるべきである。

(六) 仮に(五)の一部が認容されない場合、予備的に、

逸失利益 右認容されない金額に満つるまで

原告は前提業務により次のとおり所得を得ている。

昭和四三年 四四八万一五五二円

(一日当り一万四九三八円)

昭和四四年 八一七万八二二六円

(同   二万七二六〇円)

昭和四五年 一一二四万六七七九円

(同   三万七四八九円)

(一日当り所得は、年間通常稼働三〇〇日として計算する。)

原告の逸失利益は、すくなくみても、本件事故のため通院又は自宅療養により現実に休業した二八日間につき、一日当り二万七二六〇円、計七六万三二八〇円である。

仮に、右所得金額がいわゆる企業利益を含むとすれば、原告の税理士としての執務報酬は、公認会計士の報酬基準額一日二万円に準じて考えるべきであるから、休業一日当りの逸失利益は右金額となる。

四 よつて、原告は被告に対し右損害及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年四月二一日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の抗弁に対して)

五 被告主張の弁済の抗弁事実(第三の四)は認める。

第三  被告の主張

一  請求原因一の事実のうち、原告がその主張のような追突事故により受傷したことは認めるが、その余は争う。

事故は、原告主張の日の午前八時一〇分頃松戸市久保平賀三九一番地において発生したものであるが、原告主張の事故と別個のものでないことは認める。

二  同二の事実中、被告が甲車の運行供用者として自賠法三条の責任を負うべき地位にあることは認める。

三(一)  同三の事実は争う。

(二)  (慰藉料について)

後記のように逸失利益の損害はなかつたのであるから、これの存在を前提として算出不能の場合に認められる補完作用は認められない。

(三)  (逸失利益について)

原告の所得は事故後減じていない。

税理士の業務、収入は、毎月顧問料名下に定額報酬を得て会計帳簿の記帳整理を行い、決算期には別途報酬を得て決算書類を作成するが、その間顧問先から諸々の相談を受けても改めて報酬等を受けないのが慣行である。右帳簿整理、決算書類の作成は、事務員により殆どカバーできるもので、現に減収のないところからみて、それが可能であつたとみられる。

原告の場合、休業は通院のため一日のうち短時間に限られ、休業による利益喪失は考えられない。

よつて、原告の本件事故による逸失利益は存在しない。

(四)  仮に、逸失利益が認められる場合は税金を控除して算出すべきである。

四  弁済

被告は原告に対し昭和四四年五月九日賠償内金二万円を支払つた。

理由

一原告が原告主張の日の午前七時三〇分頃あるいは午前八時一〇分頃松戸市において原告主張の自動車の助手席に乗車していたところ、甲車が追突し、これにより原告が受傷したこと、被告が甲車の保有者であることは当事者間に争がない。(事故発生の時刻、場所については、当事者の主張が一致しないが、右が一個の事故である点については争がない。)

したがつて、被告は自賠法三条により原告が本件事故により受傷したことに基いて蒙つた損害を賠償する義務がある。

二〈証拠〉によれば、原告は右事故によりむちうち症となり、昭和四四年四月一六日から同年六月三日までの間原告主張の各病院に合計二八回通院し諸々検査及び治療を受けたこと、当初は激しい頭痛、頸部痛、左上肢のしびれ感、左胸鎖乳様筋腫脹等があり、前掲治療にかかわらず、同年八月頃まで自覚症状が消えず、予後への不安と相まつてかなりの苦痛が持続したことが認められる。

三(一)  治療費 三万七五〇〇円

〈証拠〉により、原告主張の支出があつたことが認められ、二の事実に徴し、必要な出捐と認める。

(二)  交通費(通院分) 三九〇〇円

〈証拠〉により、原告主張の支出があつたことが認められ、四(一)の事実からみて損害拡大を防ぐに相当な出費と認める。

(三)  交通費(通勤等)については、その出費があつたことが認められるが、弁論の全趣旨に徴し、本件事故による被害車両の使用不能によるものと思われ、自賠法三条に定める損害と認めるに足る証拠はない。

四(一)  〈証拠〉によれば、原告は税理士であつて、かねてから、松戸市に税務会計事務所を開設し、約一五名の従業員を擁し、自ら税理士法所定の税理士業務を行ない、顧問会社等の種々の経営、財務相談に応ずるほか、従業員らをして顧問会社等の会計帳簿の記帳等の事務を行なわせているものであるが、その業務の性格上毎年一月から五月頃までが繁忙であること、昭和四四年の右所得額は約七四五万円であることが認められる。

(二)  前記二、四(一)の事実及び〈証拠〉によれば、原告は本件受傷のため、昭和四四年四月一六日から同年六月初頃までの間、一〇日位仕事を休んだほか、通院のため計七〇時間余を費やしたばかりでなく、その頃日常的な事務処理はともかく、専門的判断を要する事務の遂行には種々の支障を来たし、また、前記のような苦痛にかかわらず、仕事に就いたこともすくなくなかつたことが認られる。

(三)  右(一)(二)の事実に基いて、本件事故による原告の所得の減少額を考えると、

右事務所としては、原告の症状が早晩改善されることが当然期待できる以上、原告自身の不在ないし休業にかかわりなく、従業員らによる日常業務の継続は概ね可能であるが、一面、税理士であり事務所の責任者である原告が正常に執務できる状態にない限り、高度の判断を要する業務、新規顧客の獲得等は、概ね不可能であるというべきである。〈証拠〉によれば、事故前後の年次において事務所の所得は累年増加をみているけれども、原告本人の供述により窺われる原告の税理士経歴や事務所の沿革からみて、原告が事故にあわなければ、さらに大きな所得増を得たとみることもあながち不自然ではない。

その他、(一)、(二)に記した諸要素を考慮した場合、原告の本件受傷による所得減少額はすくなくとも二八万円(原告の執務支障を二八日間の休業に相当するものとみて、一日一万円として計算したもの)を下らず、六二万円(昭和四四年の所得に基づき計算した、概ねその二八日分に相当する額)を上廻る可能性も乏しいものとみるのが相当である。

(四)  損害賠償は、被害者にとつて原状回復を本質とするものであり、その額は被害者の処分可能な財物の多寡においてとらえるべきである。身体の侵害により蒙つた損害が課税対象である所得の減少である場合には、傷病にあわなければ得られるはずの手取り所得金額の傷病による減少をもつて論ずるのが原則である。

所得税法九条一項二一号は「損害賠償金」のうち「心身に加えられた損害に基因して取得するもの」を非課税所得と定めるが、これが必身を害されたことによつて生じた所得減少までも含むとするにはその字義からみて、疑問の余地があるが、実務上これを非課税とするのは既に確立した解釈とさえいえるので、これを前提として考察する。地方税法の事業税、住民税についても同様である。

この解釈に立つた場合、右賠償金を非課税とすることは被害者に対する恩典である。これが反射的に加害者に利益を与える結果になることはさておき、それ以上の意味において、加害者の利益において税収の減少を来たすことになるとすれば、右規定の存在の合理的根拠は全く失われる。

してみると、被害者にとつて、賠償の原因である事故の存しなかつた場合と比較して手取り金額が却つて上廻ることになることが明らかな場合には、その限度において加害者の賠償義務は減縮する。すなわち、所得金額、税額の不明確な部分については、被害者の利益に帰せられる(もつとも、損害賠償の法理上、事故にあわなかつた場合の予想収入の上限は一応の推計をもつて画すれば足る。)と解するのが、公平の見地からみて妥当である。

(五)  そこで、原告が昭和四四年においてその所得が六二万円増加することによつて増加すべき原告の手取り額を算出する。〈証拠〉によれば、原告の同年の所得額は八一七万余円であり、所得税法上の控除額合計が四九万二〇〇〇円であることが明らかである。この場合、所得増加に対応する税額の増加額は所得税が所得増加額の五〇%、住民税が同じく一四%、事業税が同じく五%で合計六九%、四二万七八〇〇円であつて、結局六二万円の増収による手取り収入増加額は一九万二二〇〇円となる。

したがつて、原告が被告に対して請求できる逸失利益損害は一九万二二〇〇円である。

五前掲二、四(二)その他の諸事情を考慮すれば、慰藉料の額は一〇万円を相当とする。

六原告本人の供述、弁論の全趣旨により、原告主張のような弁護士費用の支払い、及びその約束の事実が認められるところ、本件訴訟の経過、認容額等に鑑み、うち、三万円を本件事故と因果関係のある損害と認める。

七以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、前記損害合計三六万三六〇〇円から既に弁済のあつたことが争のない二万円を控除した三四万三六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年四月二一日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当である。

訴訟費用の負担―民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言―同法一九六条各適用 (高山晨)

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